歴史・文化・伝説

千草の常夜燈

千草の常夜燈

- 大字千草 - この大石燈籠は、旧千草街道と巡見街道の交わる千草の集落の中心部にあり、明治25年2月に建立された。この先、同22年に千草と音羽、潤田の3ヶ村が合併して新しく千種村が生まれた。その合併を祝い記 念して計画されたもので工事に3年を費やして完成された。この石燈籠は千草の石工内田友五郎が設計し、友五郎のほか10人の石工の手により刻まれた。

原石は千草発電所より上の朝明谷で切り出され、その石を牛車で運び出し、基礎の地固めなど多くの労力を費やし村総出の大事業であった。燈寵の規模は基壇が5.4㍍あってその上に5段積み重ね、上部の笠は屋形造り総高6.74㍍ほどある神明型の常夜燈であ る。伊勢神宮の膝元である三重県内では、参宮街道、伊勢別街道沿いの村々に常夜燈が建立されている。その建立は江戸後期の文化、文政の頃に始まり、幕末から明治に盛んにつくられた。伊勢信仰の「おかげ 参り」が庶民の間で爆発的に高まり、われもかれも手を携えて共にお伊勢参りを行った。内宮、外宮両官への信仰の現れとして村単位で常夜燈の建立が進められた。常夜燈は木造もあるが、大半は永久的な石 造りのものが多い。常夜燈の明かりは、油火や?燭で灯され、村人が毎日、日供といい交代で日没から夜明けまで、その火の消えることのない様に奉仕した。この常夜燈は村の入口や中心に設けられ、村のシンボルであると共に、その下を通る人々の道しるべの役割を果たしている。千草の石燈籠の正面には「両官常夜燈」と刻まれている。