歴史・文化・伝説

六谷遺跡

六谷遺跡

- 大字小島 -  六谷遺跡は、朝明川の支流である田光川の左岸に形成された標高54m~55m前後で小島集落の南に広がる河岸段丘上にある。この遺跡は地元では、六谷山清月寺旧跡として知られ、「お鐘堤」「仏師谷」と いった地名が残っている。昭和58年度県営ほ場整備事業(八風地区)に伴う発掘調査で、遺跡は約3万㎡という広範囲であることが判明した。

この調査は、昭和58年10月19日~昭和59年1月15日まで、約6,000㎡の範囲で実施された。この結果、縄文時代の遺拡、奈良時代初頭の規則性をもった大型掘 立住建物群、平安時代末~鎌倉時代の四面廂付の大型建物を検出、また、これに伴って、土師器、須恵器、山茶碗類が多量に検出され、少量ではあるが石器、柱跡も検出された。 昭和58年度の調査では、遺跡の一部しか実施されなかったが、この遺跡が縄文時代後期(約3千年前)から鎌倉時代に至るまで、はば継続的に営まれた大複合遺跡(集落跡)と考えられ、北勢地方の歴史を知るうえで貴重な遺跡である。