歴史・文化・伝説

禅林寺

禅林寺

- 大字下村 -  禅林寺は下村の桑名道添いにある。臨済宗妙心寺派に属する禅宗寺院で山門を入ると、左手に金比羅、地蔵、薬師の講堂が建ち正面に方 丈がある。この方丈は明治6年菰野城の廃城の際建物の一部を移築したもので、表玄関の唐破風造りの様式、方丈内部の欄間等に当時の藩 邸の規模がうかがえる。同寺の寺域は広大で昭和10年頃は古木が繁り深い森に仏法僧(三宝烏)がやどり霊鳥の鳴声を聞くことがあった。

寺の由緒によると、もとは大強原山、盧遮那寺という天台の古寺であった。中世、応仁の兵火にかかり衰微した。千種忠顕は家臣武田信 弥に命じて城を構え禅林寺城と称した。正平年間顕経の代に千種城を築いて移った。文亀3年(1503)11月治庸は普照大光禅師を招き開 基として寺を興した。治祖の忠顕の称号であった禅林寺宰相の名を取り禅林寺と称した。千種氏は寺地四町歩、寺領五十石を与え菩提寺と 定めた。天文24年(1555)住僧玄東は本尊大日如来像の修復を発願して仏師左京正の手により彩色修理を行なっている。その後は打つづ く北勢の戦乱により寺領を失い、再度衰微に向い、ついに永禄11年(1568)信長の兵火にも遇した。江戸前期慶安2年(1649)桑名長寿院の鉄叟和尚を招き中興し、 これより臨済宗妙心寺派となる。同寺には天文4年(1535)11月大工藤原国信作五代中興湛道常然の刻銘のある雲版が現存する。庫裡は嘉永3年(1850)に建立のもの。