歴史・文化・伝説

福王神社

福王神社

- 大字田口 -  国道306号線田口集落より西へ約2km、福王山の山麓、杉の巨木が亭々と空にそびえる森厳の中に神社はある。祭神は徳福の神毘沙門天 を祀っている。社伝によれば、敏達天皇6年百済より経文、僧、仏工を献上の折、来朝した仏師安阿弥が勅を受けて毘沙門天を刻んだとい う。後に聖徳太子の命により福王山にその毘沙門天を安置し、国の鎮護と伊勢神宮の守りとしたと伝える。毘沙門天は一名多聞天とも言う。

インド古代神話中のクビラのことであるといわれ、護法神の一つで四 天王ないし十二天のうち、北方の守護神である。独立して福徳富貴の 神としても尊崇され、後世七福神の一ともなる。福王の毘沙門堂は元桑名京町の北側、職人町にあったものを慶長年間、桑名が町割りのとき、ここへ移したものと云われている。福王山はまた、天狗信仰にまつわる伝説の多いところで、頂上はかなり広い平坦なところがあって、里人はそこを「天狗の踊り小場」と 呼んでいる。昔、堂付近を通ると天狗が危害を加えるといって恐れたため、桑名藩主松平定綱はこれを憂い、付近の木を多く伐りはらった ところ、何の障りもなく、その後は木こりも通れる様になったと言う。 この福王山は桑名藩のご用林となり、杉、もみを植林し、藩の山番小屋が設けられ、その跡が長助屋敷として名が残っている。現在は国有 林として営林署の所管になり杉の造林が盛んに行われ、美林となっている。桑名藩ご用林当時は保護されて杉、もみの巨木が福王山一帯にあっ たが度々の山火事によって焼失した。現在、境内に遣っているもので大子杉とよぶ巨杉があり、直径4m位ある。境内入口近くに天狗杉と 呼ぶ大木があったが、枯れて今はない。福王神社の玄関である田口のバス停前には、文政年間の建造の石造の燈籠と唐獅子、各々2基あり、 大正年間に建造の大鳥居は見事なものである。また参道の傍らにしる石の道標も和歌等が刻まれ、興味深い。