歴史・文化・伝説

杉谷 七ツ塚古墳群

杉谷 七ツ塚古墳群

- 大字杉谷 -  朝明川の奥郷橋を渡り、国道306号線を三岡に入り、尾高観音への桜並木を西へのぼると、道のカーブの左側に三岡集落の墓地がある。 この墓地の地内に古墳が5ケある。その内の一つは、直径25m、墳丘もはっきりして、石室の上に大きい石をもって石蓋とした形状がよく 判る。墓地の南側の3ケは墳丘が崩れ形状がややはっきりしないが、一連の古墳である。この三岡墓地は字高塚という地名になっている。

これより約1,000m上手の字黒石原の山林内に11ケの群集墳がある。 古墳は大体東西の一線上に並んであり、形状は直径10m~30mに及ぶ大小のもので円墳である。大部分のものが頂部の石蓋の部分が割られ、 盗掘を受けている。また中には、古墳の前部の封土が掘取られ、棺を納めた石室内部の構造のよく判るものがある。土地の住民は、古墳のことを昔穴という。 高塚,黒石原両方の古墳を合して七ツ塚古墳群という。菰野町には古墳の分布は少なく、この七ツ塚のほかは、江平,奥郷,鵜川原に所 在するだけで、この七ツ塚古墳群の十定の地域に集中して16ケを数えるものは珍らしい。また三重県の古墳分布地帯からもこの七ツ塚古墳群は比較的標高の 高い所にあることからも貴重な遺跡といえる。この古墳は、古墳時代の終り6世紀以後につくられたものといわれ、石室の構造から死者一人に一つの円墳をつくって葬り、 封土はほかから運び盛りあげたようである。いずれも尾高高原一帯に勢力を有していた豪族一統を葬ったものであろう。