歴史・文化・伝説

見性寺 土方家菩提寺

見性寺 土方家菩提寺

- 大字菰野 -  臨済宗、妙心寺派に属し、菰野藩主土方家の菩提寺である。寛永21年(1644)菰野藩主2世雄高が尾張の三霊和尚を招き、土方家菩提寺として創建した。寛文9年(1669)火災により庫裡が焼失し、享保11年(1726)藩主土方堆房が本堂、庫裡、山門を再建立する。

書院の玄関は菰野在住の名工高木藤造の作である。本堂は禅宗の方丈建築様式であり、山門は豪壮で大名の菩提寺たる格式を備えている。 開山の三霊和尚は臨済初期の高僧で、後に孝明天皇より紫衣と禅師号を賜わっている。2世越伝は黄檗の渡来高僧との往来交流があり木庵、 即非等の書跡がある。また藩主の愛用した鎧、甲、旗、屏風、塗盥、塗膳等調度品その他書籍、文献、書画等貴重な文化財が遺されている。 寺域は広く、南西の小高いところに藩主の墓地がある。見性寺には雄豊夫人寄進の梵鐘があり、寛文3年(1663)、京都の鋳物師近藤丹 波掾藤久の作になるもので、鐘銘は2世住職越伝の撰文、戦争中の供出にも危うく難をまぬがれ保存されている。また、境内にある西国八十八ケ所は、大正8年に設けられた。毎年春4月の弘法まつりは多くの参詣者で賑わう。