歴史・文化・伝説

菰野藩主土方家墓地

菰野藩主土方家墓地

【昭和49年11月26日町指定】- 大字菰野 -  菰野藩主土方家墓地は、近鉄菰野駅から南へ200メートルの見性寺境内にある。藩祖雄氏は、菰野就封当時、主に京都の館に住み、はじ め北山の等持院内の功運院を菩提所としていた。雄氏および、その父雄久は功運院に葬られている。雄氏が慶長5年(1600)菰野に入部、 城を構え2世雄高の代に見性寺を創建し、歴代藩主の菩提寺と定めた。

墓地は見性寺山内の丘の中腹にあったが、雨水のために崩潰したの で、宝永2年(1705)4世豊義の代に西側の現在地へ移した。歴代藩主の墓碑は、2世雄高を中心として、石造りの鉾形、五輪形など大 小26基が整然と並んでいる。東側の墓地には、1世雄氏の夫人と4世豊義の夫人の墓があり、家臣団の墓地も続いている。1世雄氏の夫人玉雄院は、織田信雄の息女であり92才まで生き藩の草創期に内助の功があった。